「キャリアを積む」ことは「転職」することだけではない
キャリアのことを考える始めると、1つの結論として「転職」に行き着きます。
世間でも「キャリアを積む=転職する」と言った図式を提示する媒体も少なくありません。
しかも、自己分析を進めたあなたの頭の中では、「転職しなくちゃ」と言う思いがますます大きくなっていることでしょう。
とはいえ、いきなり転職を考え始めるのはお勧めできません。
本ページでは、私が転職支援を通じて見てきた多様なタイプの人たちの転職活動時のエピソードを紹介します。
この具体的なエピソードを通じて、転職活動を始めるべきかどうか、もう一度冷静に考えて欲しいと思っています。
実際に転職活動を始めてしまうと、「内定を得ること」が目的となってしまい、客観的な視点を失いがちです。
ですから、戦闘モードに入る前に、今一度落ち着いて今後のキャリアを考えるきっかけとしていただければと思っています。
「会社を辞めたい」からといって、すぐ転職してはいけない
どの程度意識しているかは別として、たくさんの人が現在の勤務先に何らかの不満を抱いていることと思います。
事実、私のところに転職の相談にいらっしゃる人の8割以上が、転職を考える最も大きな理由として「現在の勤務先への不満」を挙げるほどです。
確かに、現在の勤務先への不満が転職のきっかけになることは大いにあり得るでしょう。
でも、現状の不満を解消することだけが転職の動機になっているとしたら、少し立ち止まって考えてみる必要があります。
人間は思い込む生き物です。
理論的背景は省きますが、例えば会社に対する不満が募り、辞めたいという気持ちがあなたの心を支配しはじめると、今の会社の悪いところばかりが目につくようになります。
そして、冷静な判断力が失われ、「とにかく転職する(どこでもいいから)」と言う気持ちになってしまいます。
恋愛でもそうですよね。
あいてのイヤなところが目につき始めると、それこそ箸の上げ下げまで気になってくる・・・。そんな状態です。
そうしたネガティブパワーに満ちあふれた状態で、冷静に転職活動を進めるのはとても難しいことです。
不満をベースに転職活動することのリスクを、次の二つのケースで考えてみましょう。
事例1:目先の不満解消だけが目的になることのリスク
Jさんは28歳。
中堅のソフトハウスでSEをしていました。
学生時代から独学でプログラミングをマスターし、小さなプログラムをネットで公開していたこともある人です。
ですから、同期の仲間に比べても仕事に対する熱意は強く、毎日楽しく仕事をしていました。
ところがある日、別のSIerni就職した学生時代の友人と食事をした時に、行きがかり上年収の話になりました。
黙って聞いていると、その友人の年収は、口惜しいことにJさんよりも100万円以上多かったのです。
「なんで俺よりヤツのほうが高い給料もらってるんだろう?
ヤツは会社に入るまでプログラミングなんてしたこともなかったのに。」
特に生活に困っていたわけではないのですが、Jさんは自分の年収が急に”低く”感じるようになってしまいました。
そうなると不思議なもので、これまで楽しいと感じていた仕事まで面白くなくなり、ついに「転職したい」と考えるようになったのです。
彼の転職活動のテーマは、ズバリ「年収アップ」。
そして、できれば大学時代の友人の鼻を明かすためにも、大手SIerで働くことも希望していました。
もともとシステム設計のセンスが抜群に良かった彼は、3社応募していずれも内定。
もちろん年収は100万円アップしました。
晴れて大手SIerのSEとして、新たなスタートを切ったのです。
ところが、転職して3ヶ月も経たないうちに、彼はまたも「辞めたい」と感じるようになったのです。
話を聞いてみると、要は仕事がつまらないのだそうです。
以前働いていたソフトハウスでは、人数が少なかったこともあり、開発の現場であらゆることを任されていました。
データベース設計、複数の業務アプリケーションの設計、システム間のインターフェースなど、多岐に渡っていたようです。
それが今では、ある1つのサブシステムのさらに1機能の設計が彼の担当となり、さらに上司への報告義務が課されるなど、仕事の範囲は狭まり、かつ、窮屈な仕事の進め方をせざるをえない状況なのだそうです。
「年収さえ上がれば自分は満足できると思っていたのに・・・」
Jさんとお会いした時、私が印象に残っていた言葉です。
転職活動に限らず、誰でも目先の不満や課題の解消にとらわれると、そのほかのことが見えなくなってしまいます。
自分にとって何が大事なのか、じっくり見ていく必要がありますよね。
そのためには「辞めたい」と言う勢いだけで転職するのは最も危険であることを理解してください。
具体例2:面接での評価を落とすリスク
Dさんは30歳。
運用系のエンジニアとして、あるアウトソーシングプロジェクトで働いていました。
そのプロジェクトは、運用開始当初からクライアントとの折り合いが悪く、毎週のようにクライアントからのクレーム対応にプロジェクト全体が追われている状況でした。
しかも、上司はクライアントの前ではペコペコ頭を下げる一方、身内の前ではクライアントの悪口を言うだけでなく、「俺のせいじゃない」と言わんばかりに面倒な作業を全て現場に押し付けてくるのだそうです。
困ったDさんたちは、プロジェクトの窮状を知ってもらおうと、自社の部長にも訴えたのですが、「わかった」と言うだけで一向に事態が改善されない日々が続きました。
理不尽な作業指示や長時間勤務から、Dさんはついに転職することを考え始めたのです。
幸い、アウトソーシング関連の求人数は多く、すぐに彼と面接したいと言う企業が現れました。
面接当日、又してもプロジェクトで面倒な自体が起こり、会社を出る直前までその対応に追われてしまいました。
ブルーな気分を引きずったまま、面接会場へ駆けつけると、いよいよ面接が始まりました。
対応してくれた面接官はとても優しそうで、少し安心したDさんは、「これなら上手くいきそうだ」と直感したそうです。
和やかな雰囲気の中で業務内容などを聞かれ、淀みなく答えることができました。
そんな中で、面接官から質問がありました。
「今回Dさんは、どんなことがきっかけで転職しようと思ったのですか?」
接官の穏やかな話ぶりに促され、これまでの辛さを自分で抱えきれなくなっていたDさんは、今のプロジェクトの悲惨な寿王教について、まくし立てるように話し始めました。
話を進めるうちに辛かったことが頭を駆け巡り、怒りもこみ上げてきてしまいました。
そんなDさんの話を最後まで聞いてくれて面接官は、「辛かったでしょうね」と言葉をかけてくれました。
「わかってくれた」
Dさんは心からそう思い、面接官に対する感謝の気持ちでいっぱいになりました。
ところが、面接終了間際、Dさんは思いもかけない言葉を面接官から聞かされました。
「Dさん、ようはあなた、今の会社を辞めたいんだね」(そうですよ、当たり前じゃないですか。)
Dさんは頭の中で、そんな言葉を呟きました。
数日後、Dさんのメールボックスに1通のお知らせが舞い込みました。
「このたびは残念ながら貴殿の採用を見合わせたく・・・」
Dさんは、なぜ不採用になったのか、いまだにその理由がわからないそうです。
本来、面接は「なぜこの会社に入りたいのか」をアピールする場所なのに、つい「なぜ今の会社を辞めたいのか」をしゃべってしまうことがあります。
人間は、自分が潜在意識に支配されているもので、油断すると潜在意識に促されるまま話をしてしまいます。
会社を辞めたいと強く思っていると、ついそれが出てしまい、結果として面接で不採用になるというケースを私もたくさん見てきました。
転職は「二つのことを同時に行う」ところが難しい本来、「今の会社を辞めること」と「次の会社を選ぶこと」は全く別の行為です。
しかしながら、転職というのはこの全く異なる二つのことを同時に行うところに難しさがあるのです。
つまり、「辞めること」と「選ぶこと」を同時にするわけです。
冷静に分析すれば、「辞める動機」と「選ぶ基準」は異なるはずなのですが、その二つが頭の中でごっちゃになってしまい、最終的には自分で何をしたくて転職しようとしているかが見えなくなってしまうことがよくあります。
転職を男女関係に例えてみれば、「誰かと別れる」ことと「新しい人と付き合う」ことを同時にするようなものです。
でも、実際には「この人と別れたいからあの人(新しい人)と付き合いたい」とは誰も思いませんよね。
あったとしても、それは一時的な逃げであって、新しい人を積極的に選んだわけではないので、長続きしない恐れがあります。ただその逆、つまり「あの人と付き合いたいからこの人と別れる」ことはあるでしょう。
転職に話を戻していうと「あの会社に入りたいからこの会社を辞めたい」という思考の流れこそが自然であり、
「この会社を辞めたいからあの会社に入りたい」という思考は不自然なことがお分かりいただけたのではないかと思います。
それにもかかわらず、転職活動の現場では、この不自然な思考の流れで活動している人がたくさんいるのです。
もちろん根底では、「辞める理由」と「選ぶ基準」は、何らか繋がっています。
ただ、先にも述べたとおり、辞めるポイントになる不満の解消が、次を選ぶことの最大の理由になってしまいがちなので、冷静に、そして客観的に考えていくことが重要です
「今の会社での可能性」をもう一度考えてみよう
ここまで読むと、「会社を辞めたいからという理由で転職してはいけないのか?」という疑問を持つ人がいるかもしれませんが、決してそう決めつけているわけではありません
よほどの例外を除き、現状への不満や課題が次の行動を起こす原動力になるものです。
したがって、今の会社への不満が引き金で転職活動を始めること自体は悪いことではありません。
ただ、ここまで説明してきたとおり、不満というのはものすごく大きなパワーを持つと同時に、冷静な判断力を鈍らせる可能性があります。
そうした自分の状態を理解しながら、まずは一旦落ち着いて考えてみてほしいと思います。
「考えるって何を?」という声が聞こえてきそうですが、
それはこの先順番に説明していきます。
まずは、「今の会社で自分が充実して過ごせる可能性は、本当にないのだろうか?」という点について考えてみてください。
たとえば、
「他の部門に自分のやりたいことがあるのではないか?」
「上司が他の人に変われば不満が解消されないだろうか?」
など、色々と考える視点があると思います。
そして、どうやら今の会社では満たされないぞとなった場合には、悔いのない転職活動ができるはずです。
どんな結論が出るにせよ、ぜひ「今の会社での可能性を考え抜く」という経験を踏んでみてください。